カエテミル

2016年10月22日(土)~12月11日(日)10:00~18:00 会期中無休・入場無料

レナータ・クルス

Renata CRUZ

《永遠と一日》
紙に水彩、2016年
撮影:山本糾

開かれた本としての絵画

近藤由紀

大小様々の大きさの紙には、リンゴや花、落ち葉や茶わんといった身の回りの品々、ペーパーバックや画集といった本類、そしてそれら本類から描き抜かれた文章の一節や絵画の模写などが水彩絵の具で丹念に描かれている。解説の細かい文字まで写された画集のページは開かれ、その上に置かれた身の回りの品々は、同じ静物画内のモチーフとして同じ次元で描かれ、画集の模写として描かれた絵の中のモチーフと、日用品として描かれたモチーフが並置されることで二つの次元が画面の中で混在している。[fig.1]画面の余白には、太宰治の『津軽』やボルヘスの『伝奇集』と『永遠の歴史』から引用された時間に関する文章が添えられている。過去や未来の時を語る文脈から切り離された文章と、今、ここにあるように見える生活に密着したモチーフ、そして数々のヨーロッパ伝統の寓意的な静物画の模写の並置は、《永遠と一日》という作品タイトルが示す通り、過去、現在、未来の時間軸を交錯させ、余白は豊かな行間を生み出している。

これらの作品はインスタレーションとして展示される。広いギャラリーの壁面にランダムに貼られた大きな紙には、ページが開かれたままに置かれた画集が多く描かれている。その壁面から反対側の壁に向って空間内には無数の水彩画が宙に浮いているように吊り下げられ、描かれた絵と文字の断片は、あたかも壁面の画集の開いたページから想像的な空間に溢れ出てきているかのように展示されている。一枚一枚の絵画の内に大きく取られた余白は、壁面や物理的空間との親和性が高く、現実空間と絵画空間をつなぐ橋渡しとなり、作品内外の三次元的空間と二次元的空間を緩やかにつないでいる。

レナータ・クルスの作品は主に紙に水彩によって描かれ、それらは物理的な空間と仮象的なイメージを混成させながらインスタレーションとして展開されていく。[fig.2][fig.3]図像にはしばしば文章が添えられ、物質的、象徴的存在としての「本」が作品の内容と形式に参照されている。現実の事物を丹念に描き写したような写実的な描画が特徴的だが、描かれた事物は一様に量感に乏しく、写真と見紛うようなスーパーリアリズムは求められていない。余白の多い画面に薄い存在感で浮き立つように描かれ、文学から引用された文章が添えられた「レモン」は、物理的性質を忠実に再現しようとして描かれたというよりは、作者が対象と対峙した時間を水彩絵の具でなぞり、その仮象像としての非物質的な姿を紙に移し取っているようにみえる。

今回クルスはこれまでも様々な国で継続的に行っている交換式作品制作プロジェクトをACACでも行い、作品の一部にこの交換によって描かれた作品も加えられている。[fig.4]このプロジェクトでクルスは、鑑賞者に思い出深い品を持ち寄ってもらい、それらを図鑑の挿絵のように忠実に描くのだが、重要なのはその品々にまつわるエピソードをクルスが聞き、ある時間を参加者と過ごすことにある。ここで描かれた作品もそれぞれの余白にしばしば文章が書き添えられる。余白や行間はそれらの事物の背後の物語をにおわせ、作品が展示として標本的に羅列されたとしても、それぞれの物としての形以上に、物と持ち主との内的で精神的な関係を想起させる。

クルスの作品に添えられる文章の多くは文学から取り入れられる。加えて自身が作った文章が、あたかも他の作者が書いたように書かれることもある。それらは描かれたイメージと無関係ではないが、それほど近い関係にあるわけでもなく、いくつかの方向に開かれた関係性を保っている。それを結びつけるのは、目の前の分断された文脈を埋めようとする見る者の想像力とそれぞれの物語の創出による。クルスは、身近で個人的な事物を描いた静物画と文学から引用された文章の間にこうした飛び越えられるくらいの断絶を作ることで、作者あるいは物品提供者の個人的な物語を見る者に開かれた普遍的な物語へと軽やかに転換させていく。こうして物理的、個別的な消耗品としての事物は、象徴的、普遍的な事物として性質を一枚の紙の上で併せ持つことで、刹那と永遠を獲得する。《永遠と一日》と題された今回の作品では、モチーフとして用いられた日常的な事物から象徴的な意味を読み取らせ、刹那の世界で永遠の相を描き出した16-17世紀ヨーロッパの静物画のイメージがその印象をより強くさせた。

こうした作品における両義性は、クルスが参照する「本」とも重ねられる。クルスは「本」、「紙」そして「美」について、物理的には脆弱で容易く破壊することができるこれらが、同時に内容や精神において破壊不可能な強度を持つその両義性に共感を抱いている[1]。紙に書かれた文字という取るに足らない素材で作られた本は、強く、失われることのない知や精神を内包している。同じように我々は身の回りのあらゆるものから作品を通じて、美や知を見出すことができる。そう捉えると、本の中身が空間に溢れ出るように展開されたインスタレーションは、読書体験の再現とみることもできる。読書体験が個人的な時間と体験に属するように、作品の鑑賞体験もまた個人的な時間と体験に属する。だがそれは作品として変換されることで外の世界に開かれる。読書体験が引き起こすような日常生活と精神世界の近接が、絵の外側である空間の内に再構築することが試みられている。

 


 

[1] 2016年11月16日に行ったレナータ・クルスへのインタビューより(『AC2』no.18、国際芸術センター青森、2017年)。

fig1

fig.1《永遠と一日》
紙に水彩(インスタレーション)、2016年

fig2

fig.2《Área de soltura》
紙に水彩(インスタレーション)、2015年

fig3

fig.3《Instabilidade no palácio》
紙に水彩(インスタレーション)、2014年

fig4

fig.4《Um desenho por dia,》
紙に水彩、人々と交換した
象徴的なオブジェのドローイング365枚、
2012年

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