カエテミル

2016年10月22日(土)~12月11日(日)10:00~18:00 会期中無休・入場無料

ジョナサン・シティフォン

Jonathan SITTHIPHONH

右:《コクーン#1:十二面体》
木材(杉、ベニヤ)、釘、ネジ、ボルト、160×160×140cm、2016年

左:《コクーン#2:ダンゴムシ》
木材(杉)、釘、ネジ、ボルト、160×160×140cm、2016年

撮影:山本糾

問いかける彫刻、動かない装置

伊藤聡子

ジョナサン・シティフォンは、今回のAIRで2つの彫刻を制作した。タイトルにある「コクーン」が示す通り彫刻はサナギのように中が空洞となっており、それぞれ人が一人入れるほどの小さな建築と、昆虫の甲殻を模して組まれた木のパーツが蛇腹式に開閉、さらに装着可能な形態になっている。これらの彫刻は、構造上にできる規則的な隙間によって内部に程よく光を与える。小さな空間は身をかがめさせ、自身の内面へと集中させる。内省を促し、人を変化させるための装置だ。
作品とともに展示されている写真は、作家本人が彫刻の中に入る/装着している様子を撮影したものだ。そのフレームに彫刻と同じ素材が用いられ、さらに立体的な厚みを持たせることで、彫刻の一部であることを示す。連続した写真のイメージによって装置が持つ機能を人の想像の中に繋ぎあわせ、そこに佇み/吊られた抜け殻は、これから変化が起こる、または変化を終えた跡なのか、人の形を見せずに気配だけを感じさせる。
シティフォンは、これまでに人の身体に融合し手足の機能を高めるロボットのような木の彫刻作品を制作し、動きのメカニズムと人と機械の間に起こる相互作用を探求してきた(fig.1)。それらに対し今回の作品は、展覧会のテーマである「Time For A Change」に沿い、人が「変化する時間」に焦点を当てて、これまでの作品が生まれる過程の前編として制作された。
普段制作しているスタジオを作家は自ら「実験室(ラボラトリー)」と呼んでいる。「実験室」の中では、失敗作も含めたこれまでの作品を共に並べ、展示をするために外に出している時以外は常にそれらに改良の手を加え続けているのだという(1)。アーティストでありながら、研究者のような姿勢は、子供の頃から自然に物作りを続け、さらに科学を学んだ経験から育んだのだろうか。科学的な視点で実証できる形を求め常に実験を重ねることと、そこに自分の手で物を作り出す技術と想像力を合わせることで、シティフォンのアートが形作られている。
滞在中、アイディアが決まると設計図も描かずに早速制作に取り掛かった。実験室で行われる化学反応といっては大げさだが、創作棟にある段ボールや木片を材料に、アイディアは一気に模型となって現れた。それらが作家の頭の中から次々と現れるとはいえ、アイディアというまだ目の前にないある種の想像に手が触れる時、木の扱いはやはり容易ではない。設計に使う数式はインターネットでも見つけることができるが、数式が正確であっても実際の木の扱いは異なり、わずかなズレがあっても形を組めなくなるため、木の模型は何度も繰り返し作ってみることが必要になる(2)。また、滞在制作など異なる土地に移動して制作するたび、そこで使われている木材の性質に合わせて制作方法を模索する。今回の作品で薄い木を合わせて少しずつ湾曲した形を作るためにも、木が割れないように適切な材を探し何度も試作が重ねられた。
木は物理的に硬くとも、本来生き物であり概念的な生命の柔らかさを持つ。その自然物に対して人工的な形を与えることで、真逆の関係を表すだけではなく、シティフォンの作品が木を素材とすることによる作用は大きい。
作家は過去に、装着可能で翼の動きの仕組みを兼ね揃えた彫刻を制作しているが(fig.2)、イカロスがロウと羽根で作った翼を想起させるこの木の翼では、実際に空を飛ぶことは不可能だ。メカニズムが持つ能力にも関わらず、彫刻として木で作られる装置はその機能を発揮しない。身体機能を改良するどころか、実際には人の動きを拘束し制限してしまうことになる。
そうした目的への失敗は、人が人以上のものになろうとすることで起きる矛盾を暗示させている。シティフォンの作品にとってここでいう「失敗」とは、マイナス要素としてではなく、実際には機能しない、むしろ機能させないことによる矛盾の提示であり見る者への問いかけである。機能の喪失は、逆にメカニズムにおけるデザイン性に見る者の目を引き寄せ、更に想像を喚起してその先のストーリーを作り上げさせる。それによって彫刻は想像上の装置として機能し始めることができるのだ。
一方、実際に彫刻が動く様子にある迫力と可笑しみは、矛盾から見える逆説的な人間像と、装置として不完全と成らざるを得ない虚しさをユーモラスに作品へ内包させることに成功している。そのメカニックな様相に隠れた人間味が、愛敬をもつ所以だろう。彫刻としての作りから見れば、理論に適った強さに対する手仕事の繊細さや機能としての弱さは、その差が大きいほど互いの印象を強める。
シティフォンはそういったアイロニカルな表現を通してテクノロジーの進化、さらには人間とは何かを問いかけてきた。与えられた能力を超えようとすることで逆に制限させてしまう。言い換えれば、人間は人間でしかなく、それ以上にはなれない。矛盾を孕みながらも、作り続ける、進化を求める。そこには、「最終形」を持たずに完成することのない作品を制作し続ける作家の姿勢が重なってくる。作家としてあり続けるための姿とはいえるが、先に述べた実験室の中で、並べられた作品を作家の技術の向上や積み重ねられる経験に合わせて改良し続け、さらに作っていく過程を公開することもあるその姿勢は、制作自体が物を作る喜びと同時に自身の生き方を表し、つまり自らの問いへの一つの答えとなっているのだろう。
「コクーン」の中で、人は変化、進化していく過程にある。過去作でみられるロボットのような手の形や、人が装着するための形態とは異なり、すっかり人間の身体を覆ってその形を失わせることにより全く別のものへの変化を予期させる。これらの装置は人の想像を必要とするが、矛盾や不可能を取り払うことができないにしても、想像力はまだ目に見えないものに対して前進する力であり、生きていく過程において大きな存在なのだと改めて気づかせる。また、それを現実に変え進化する力を持っているのも人間であろう。
作家の投げかける問いは、人に内省を促し変化させる形となって表れ、メッセージを包み込む。それと同時に、サナギであり卵のようにも見える形は、想像を生み出すには象徴的だ。そこから羽化し、生まれ変わって現れる次の装置が、見る者の新しい想像によって動き始めることを期待する。

 


 

(1) 展覧会関連イベントのレクチャーでの発言(2016年12月3日)。

(2) 同上。

fig.1

fig.1
《猿の王》
木材(杉)、釘、ネジ、ボルト
2014年

fig.2

fig.2
《icare2.2》
木材(松の端材、繊維板)、ネジ、ボルト
2015年 

Jonathan SITTHIPHONH7

《コクーン#1:十二面体》
木材(杉、ベニヤ)、釘、ネジ、ボルト
2016年

dod2016-03

《十二面体 03》
写真、2016年
(撮影:有川滋男)

Jonathan SITTHIPHONH4

《コクーン#2:ダンゴムシ》
木材(杉)、釘、ネジ、ボルト
2016年

dm2016-03

《ダンゴムシ 03》
写真、2016年
(撮影:有川滋男)

Jonathan SITTHIPHONH11