航行と軌跡

2015年10月24日(土)~12月13日(日)10:00-18:00/会期中無休・入場無料

ロ・イチュン

LO Yi Chun

《Voyage to the Homeland》(異郷への旅)
撮影:山本糾

バナナの世界史

近藤由紀

2010年の国際環境芸術プロジェクト展[1]への参加をきっかけに、自然環境や地域コミュニティに対する関心を高めたロ・イチュンは、以来作品の題材に環境的な問題や、その要因となる現代社会の諸問題を取り上げながら三つのシリーズによって作品を展開している。一つは作品が設置される場の特性を重視した環境芸術的作品、もう一つはロが「ガーデニング・プログラム」と呼ぶ作品が設置される土地の植生を箱庭のように再現する作品、そして今回ACACでも制作されたバナナの皮を使った作品群である。いずれの作品においても、ロは一貫して自然由来の素材の使用を造形言語の根幹に置き、その素材自体の歴史や背景、作品が設置される場所によって現れる意味の差異やその由来を含みながら作品を構成している。自然素材が使われているのは、もちろんエコロジカルな関心に由来するが、一方で作品は歴史を参照しながら現代社会の在り様を問うことが多く、その場合自然素材は過去と現在をつなぐ不変の共通素材として置かれることで、逆に時間の変化による事象の変質や状況の変遷を際立たせている。

今回制作された《異郷への旅》(Voyage to the homeland)は、ここ数年ロが取り組んでいるバナナの皮を素材とした作品である。作品にバナナの皮が初めて用いられたのは、2013年に横浜のBankArtでアーティスト・イン・レジデンス(AIR)に参加した時であるという[2]。ロの日本での初めての滞在制作において、台湾を代表する輸出農産物であるバナナは、日本と台湾との関係を象徴的に表す素材として採用された。ロはこの時バナナの皮を使い、1950年代の台湾におけるバナナ市場の繁栄を絵画的に再現した作品《芭娜娜・バナナ・Saging》(fig.1)を発表している。明治以降の日本のバナナの最大輸入国は台湾であり、日本においてかつてはバナナといえば台湾産を指したが、バナナの輸入自由化という政治的判断が下された70年代以降はフィリピン産ほかにその地位を取って代わられた。新鮮さが失われたバナナの皮で再現されたバナナ市場の情景は、賑やかで牧歌的な風景が過去のものとして失われたことを暗示させ、対比的にあとに続く国際政治や商取引の変化がもたらした国と国との関係や、市井の人々の生活あるいは意識の変化を想起させる。

ACACで制作・発表された作品《異郷への旅》でロは「航行と軌跡」という今回のプログラムタイトルを旅や移動に置き換え、歴史的な移住と同時代的な移住を並置させることで、移動の歴史と政治権力との関係を表している。また本作では、素材上の実験としてここしばらく取り組んできた平面作品の次の展開として、バナナの皮による立体作品の制作が試みられている。

乾燥したバナナをつなぎ合わせて作られた小さな手漕ぎボートのような、単純な形をした舟の立体物が五艘、波を渡っているかのように少しずつ角度を変えて吊り下げられている。産地シールが貼られたままの黒ずんだバナナの皮は近づくとそれと分かるが、離れてみると木の皮で編まれた穴だらけの舟のようにもみえる。それぞれの「舟」には章立てられた短いテキストと一枚の写真で構成されたブックレット[3]、そしてその内容と関連付けられたオブジェが付され、コロンブスの新大陸への旅から始まり、移民や難民の移動、そして近年の欧州難民危機を思わせる章へと物語が続いていく。

バナナ舟はその最小限の形と編まれたような造作によってあらゆる旅の困難さを喚起させ、いくつかの物語は移動する人々の人道的な問題を示している。それぞれの生産地を示す小さなシールがそのまま貼られているバナナの皮が一つ一つ危うくつなぎ合わせられて作られた小さな舟は、国際情勢という荒波にもまれ、時に行く手を阻まれて解体寸前になっている脆弱な舟と同時に、そうした状況で移動を続ける無数の個人を想起させる。付されたテキストから時事問題への直接的な言及がみられるが、一方で個々の出来事はそれぞれ「移動の歴史」の断片として、全体の大きな枠組みの中に吸収されている。それはそれぞれの軋轢や困難は普遍的であり、こうした問題が時事的なだけではないことを示唆している。このように作品は時事問題を扱いながらも、前作同様ある特定の問題に対する政治的関心の表明というよりはむしろ、その問題を通じて現れる日常の変質や個々人に与える影響に対する関心が見て取れる。それがロの環境的な関心に起因するとするならば、ロにとっての環境問題は、人間活動における私たちの環境の変化であり、それは自然環境の問題だけを指すのではないといえる。

作品素材として採用されているバナナは台湾人としてのロ・イチュンのアイデンティティを示す素材となり得ると同時に、現代の消費社会を生きる私たちのグローバルかつローカルな共通言語として機能している。日本でバナナは、ある世代にとっては戦前から戦後にかけてのノスタルジックな子供時代の思い出を引き出し、また数十年前は海外で経済力を発揮し始めた日本人が、外側は黄色で中身が白という人種的侮蔑名称として「バナナ」と呼ばれたこともあった。バナナは輸出入によりグローバル化された農作物であるがゆえに現代社会において普遍的な存在でありながら、一方でそれぞれの国の近代史と深く関わっている。誰もが知っている時事問題を扱いながら移動の歴史に言及した本作は、一方でその「バナナ」についてのローカルな意味や歴史を作品に加えると、それぞれの地域の「移動」の歴史について言及しはじめる。バナナという素材は、こうしたそれぞれの場所での地域的なイメージが入り込むことを許容する遊びの場になることで、巨視的であると同時に地域的な解釈を引き出していくのだろう。


[1] 2010 「Cheng-Long Wetlands International Environmental Art Project」, Cheng-Long Wetland, Yun-Lin country, Taiwan.

[2] トークでの発言(2015年12月13日)。

[3] カタログp.15-20参照。

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