未完の庭、満ちる動き

2018年7月28日(土)-9月9日(日)10:00 18:00、会期中無休、無料

堀川 すなお

HORIKAWA Sunao

展示風景 撮影:加藤健

曖昧さの宇宙

金子 由紀子

「言葉のざわめきの下の原初的な沈黙を再発見しない限り、そしてこの沈黙をやぶる身振りを描きださない限り、われわれの人間考察はいつまでも表面的なものにとどまるであろう。言葉は身振りであり、その意義は一つの世界なのである。」

M.メルロ=ポンティ『知覚の現象学』中島盛夫訳、法政大学出版局、1982年、305頁。

 

堀川すなおはこの10年ほど、設計図のようなドローイングを描いてきた。初期の2008年頃のモチーフには、コンセントやライターなどどこの国や地域でも同じように使われている日用品が選ばれており、その後2014年頃からは世界各地で食されていることや形状がシンプルであるという理由でバナナが選ばれ、トレーシングペーパーや今回使用されたマイラーフィルムといった製図用の支持体に、色鉛筆で青く細い線を定規やコンパスを使って引き、まるで機械を分解したような細密な図像を描いてきた。

本滞在制作ではリンゴがモチーフとされ、協力者を募ってリンゴを見せ、言葉や図で表してもらい、人々がリンゴをどう見ているのか調査を行った。協力者と一対一で会話を行った調査や、学校を訪問して複数人を対象に行ったワークショップなど方法はいくつかあったが、いずれも堀川は協力者となるべく多くの時間をかけて会話を持つようにしていた。人々がリンゴについて語る内容は実に様々で、表面の模様から見立てをすることもあれば、リンゴ栽培にまつわる話になることもあった。堀川は協力者から言葉を引き出す時、傍から見ていて執拗にも思えるほど「なんでですか?」という質問を何度も繰り返していたが、そうやって協力者と堀川の間で何度も言葉がやり取りされるうちに、目の前にあるリンゴの観察のみならず、その人が物事を理解する時の癖や日常生活の習慣のようなものまで話が発展することが何度かあった。

そのことはドローイングに影響を与えている。例えば、《りんご#2. 凹みと粒の物語:o. 杉山さん:ad/ki:青森 /2018.07.12.11:26:48-11:50:12JST(acac)》[fig. 1]では、アメーバのような有機的な図像がランダムに配置され星図のように見え、星と星を繋いで何かの形を見出すことを促すようだ。他の作品においても、画面の余白が大きく取られてそれぞれの図像の配置に意味があるように感じられたり、線の交差や集合が曖昧な輪郭を持つ面を形作ったり、太い線と細い線の緩急が心地よいリズムを作り、線の流れが自然と見る者の目を導いたりしている。このように細部に見られるこれまでとは異なる微妙な差異によって、作品は一見これまでと同様の設計図状の形状を保っているように見せながら、その実、描く線や構図に遊びの幅が生まれている。またタイトルには「粒の成り立ち」「年輪点」「空気感触として」など協力者との会話の中で生まれた造語を交えた言葉が採用されており、これらの新しい言葉はその解釈に既存の言葉よりも大幅に曖昧さを孕み、見る者の想像次第で自在に意味を変え、ドローイングが保つ遊びを促進させる。これらのドローイングの様式や言葉の選択は、見る者の想像を促す余地を大幅に増やしている。

人が言葉を用いて会話し情報を伝達する場合、言葉の定義が双方にとって自明のものであるという前提によって成り立つが、その定義が双方で異なり齟齬が生じることは日常生活でもしばしば起こる。人間同士のコミュニケーションのみならず、その道具である言葉がそもそも、曖昧さとそれゆえの誤読を装備しているのだ。これまでの堀川は、ある物事を分解することでその物の本質を探ろうとしており、それが細密な設計図状のドローイングに帰結していた。見る者全員に正しい一つの解を与えるための設計図は何か一つの確固たる本質を探るための形状にふさわしい。しかし今回の堀川のドローイングは、唯一つの解を探ることではなく、言葉という道具や会話というコミュニケーションの不確実さを示すと同時に、リンゴという一つの物から発生する無限とも言える解釈の豊かさを示している。それはまるで、リンゴが宇宙卵のように混沌の宇宙を内包しており、そこから協力者と堀川がその場、その時、その会話で見出した断片を示しているようでもある。

堀川の展示スペースの中央にはリンゴがテグスで吊るされ、遠くから見るとリンゴが浮かんでいるように見える。スペース全体は薄暗く、壁面に掲げられスポットライトを当てられたドローイングが、これも暗闇からぼうっと白く浮かびがっているように見える。それはまるで、リンゴというブラックホールを中心に人々が見出した宇宙の断片のような惑星が寄り集まり、一つの大きな宇宙が形成されているようだ。堀川が提示した16枚のドローイングは、人々が見出したそれぞれの断片が恐ろしいほどに異なることを示しており、他者と分かり合うことなど出来ないと思わせるほどでもある。しかしその宇宙は、見る者の想像を促すことで別の宇宙を創造し、増殖し続ける。他者が何を分かっているか私達は分かることができず、曖昧さを孕んだコミュニケーションは誤読を生む。しかし、誤読を前提として他者の多様な想像と創造を促す堀川の態度は、この複雑な世界をしなやかに生きていくための大きな示唆を与えてくれる。

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