この現実のむこうに―Here and Beyond

10月28日(土)-12月10日(日)10:00-18:00 会期中無休/無料

クレマンス・ショケ&ミカエル・ガミオ

Clémence CHOQUET & Mickaël GAMIO

《ここでもなく、そこでもない》
オフセットプリント写真、長靴、2017年
撮影:山本糾

場に宿るわずかな、しかし大きな存在

伊藤聡子

ギャラリーの中央に配置されたゴムマットは、《和室(不安定な場所)》の一部で、その敷き方によって日本の居住スペースである畳と安定感を示しているが、マットを部分的に重ね合わせたり波打たせたりすることで同時に地層のプレートや水の動きを暗示させ、地震や水害といった不安なイメージを与える。地殻変動と水のイメージは、窓外の水のテラスへ連続すると、一面のガラスを挟んで風景の中に溶け込む実際の水と対峙し、海に囲まれた日本の地理的関係を想起させる。異なる複数の感覚を共存させながらも、作品としてそれらの中間地点を提示するクレマンス・ショケ&ミカエル・ガミオのインスタレーションは、ACACのギャラリースペース内外にわたって細やかに設置された。それは、鑑賞者自らが建築空間を体験し、点在する作品と空間との関係性を一つ一つ見つけていくことになる。

コンクリートの地面に接着されつつゴムマットをぐるりと広く囲むトラロープは[fig.1]、入り口付近で鑑賞者を足止めさせ、まるで危険物に近寄らないようにするための注意喚起のようだ。それは内と外の境界をつくるだけではなく、建築を含めて作品として見せるために機能する。空間の中心に配置された作品に安易にとらわれて全体を見失ってしまわないようにする仕掛けとなっている。ロープに沿ってまっすぐ進んで、反対から空間を眺めると、天井の低いスペースの上に緑色の光があることに気がつく。日中は自然光によってほとんど気づかれずに存在を潜めるその光は、日常よく目にする、しかし気に留めることもない誘導灯を思い出させる。誘導灯は非常時に人に建物の出口を指し示す、その時だけのために備えて四六時中自動的に点灯する。なんとも無機質で人工的な、そして静かな存在だ。地球の自転によって日が沈むにつれ、何も変化のしようのない誘導灯は、ちょうどそれに反比例して緑色の光の存在を強めていく。壮大で静かな時間のサイクルの中に鑑賞者を包みながら、非常時を想定して備えられたその光は、この瞬間に安心感と不安感を同時に与える。

日没後の水のテラスでは、人工の光が水面に建物を反転させて映し出し、まるで水底に地下室があるかのように見せる。どこまでも続くような架空の地下室が水の中で不気味に揺れている光景は、彼らの作品が表す不安定さを象徴した。ロープに沿って入り口から右側に進んだ窓際の床に置かれた鏡が、天井に並んだスリッパを映し込むことによって天井と床が逆転したように見せるのは[fig.2][fig.3]、テラスに映ったその光景を示したものだ。反転させる不安定な感覚とともに、すぐ外にある水の要素を取り込むことで内と外の境を揺るがす。

ガラス越しには、水のテラスのコンクリート壁に貼られた水平線の写真と、その前に置かれた長靴を見る。水と一面の窓ガラスで隔てて一定の距離を保ち、空っぽの長靴は、自分または誰かが写真の前に立っている姿を思わせ、鑑賞者を外へと誘導する。

水のテラスにある壁は、ギャラリーから続く弧を切り取ることで中心に向かって奥行きを狭め、テラスの段差のラインがさらに遠近感を強調する。奥から取り込まれる光の状態によって静かに表情を変えるその水辺は、写真が貼られることで展示空間へと変わり、人を呼び込んだ。その特異な空間に展示された写真は、選挙ポスターのように屋外の壁に直接貼るようなとても薄い素材に印刷されており、コンクリート壁にぴったりと接着された。写真というイメージである一方で、壁が朝晩に結露すれば、表面もそれと同じように水に濡れる。角度を変えて見ると反射して灰色の壁に一体となり、姿を消してみせるのだった。

鑑賞用に準備された長靴を履いて水のテラスを歩いていく時に感じるのは、歩みを遅らせる水の抵抗と、コンクリート壁に反響する水の音だ。身体感覚に注意を向けさせ、歩く行為を感覚へと変化させるようだ。《ここでもなく、そこでもない》に撮影された曇天に広がるただ静かな水平線は、どこまでも続く遠景を見せる。身体をコンクリート壁に向けながらも、意識を自然と自己へと向かわせる。《足元にお気をつけください―千畳敷》は、室内作品に続いて再び水と火山、畳といった要素を持ち合わせる。西津軽郡深浦町にある千畳敷は、地震で隆起して形成された海岸段丘で、地名は畳を単位にして表したその広さに由来する。写真に面して向かう真西には、ちょうどその海岸が位置しており、観る者は写真の中の実際の風景がある方角を見つめることとなる。写真の水平線に没入し、目の前のコンクリートを超えて遠くまで想像を伸ばすことができるのは、事実に基づいた設えのせいもあるだろう。そしてその反動は大きく、自身が長靴を履いて水辺で写真を見ているという現実に戻る感覚を一層強めるのである。

彼らのインスタレーションは、空間を活かして作品を展示するというよりも、リサーチで得たものごとを建築空間に綿密に宿らせ、そうすることで空間が変化する様、または空間と物との関係性をより強く示すようであった。建築の内外に点在するそれらは互いを静かに響かせ、鑑賞者は歩いて空間を体験するうちに言葉を一つ一つ紡いでいくように各々の作品を読み解いていく。彼らは一見変化が見えないような自然現象と、日常生活でよく見かけるが何気ない存在を取り上げ、互いをつなぐ中間的存在として社会の一面を映し出してみせる。そして観る者は、人の感覚においてはわずかではありながらも止むことの無い力強く大きな動きに、耳を傾けることができるのだろう。

fig1

fig.1
《和室(不安定な場所)》の部分(床に接着されたロープ)

fig2

fig.2
《和室(不安定な場所)》の部分(床に置かれた鏡)

fig3

fig.3
《和室(不安定な場所)》の部分(天井に設置されたスリッパ)

ACACクレマンス&ミカエル 5

《ここでもなく、そこでもない》
オフセットプリント写真、長靴、2017年
撮影:山本糾

ACACクレマンス&ミカエル 9

《和室(不安定な場所)》
ゴムマット、緑色の照明パネル、ロープ、鏡、スリッパ、2017年
撮影:山本糾

ACACクレマンス&ミカエル 6

《足元にお気をつけください –千畳敷》
オフセットプリント写真、長靴、2017年

撮影:ミカエル・ガミオ

クレマンス&ミカエル 13改

撮影:ミカエル・ガミオ