船井美佐展 楽園/境界 〜いつかいた場所〜

2017年7月25日(火)-9月10日(日)10:00-18:00 会期中無休/無料

船井美佐

FUNAI Misa

《Mountain / Mother》
2014年

《Hole / Trans rabbit》
2014年
《Hole / Flower snake》
2014年
《Kaiba》
2014年

撮影:木奥恵三

はじまりの楽園、導きの子供

金子由紀子

キャンバスに即興でドローイングを描いていた最初期から、2007年に国際芸術センター青森(ACAC)で発表した壁画、そして現在も制作を続ける鏡を切り取った面でイメージを構成する作品や本人が「乗れる絵画[1]と位置付ける立体作品と、船井美佐の表現手段は大きく変化してきたが、そこには一貫して絵画表現を追求する思考が伴う。本展では、初期からこれまでの船井の作品を一堂に会し、その表現手段を開拓してきた変遷と、一貫した思考を概観することを試みた。巨大な半弧形でパーテーションが無いひとつながりのギャラリーというACACの特殊な空間との相互作用による、展覧会全体でひと纏まりのインスタレーションとしての体験を振り返る。

ギャラリーでは約幅4m×奥行10m×高さ5mの船井作品の中で最大のすべり台型の作品《Mountain/Mother》を始めとした「乗れる絵画」シリーズの作品群が中央に置かれた。それらは立体の遊具型でそこで遊ぶことが歓迎されており、遊ぶ人は作品の一部へと取り込まれる。それを挟んで弧形の両端に向き合う形で鏡の作品《Hole/桃源郷/境界/絵画/眼底》と《Cave/Explosion》が設置され、鏡の作品と立体作品の間にドローイングが設置された。前述のような形のギャラリー内で鑑賞者は、巨大な廊下をカーブに沿うように奥に進むこととなる。空間の中央で遊ぶ人々を目の端に捉えながらキャンバスに描かれたドローイングを見、そのうちにギャラリー空間と人々が平面である鏡の中に映り込み、平面と立体が混ざり合う様を見る。それから立体作品にたどり着くといつの間にか作品の一部へ取り込まれており、見られる者へと反転する。そして立体作品を通り過ぎるとまた鏡の中に虚と実が混じり合うイメージを見つめ、その更に奥でドローイングへと還ってゆく。最奥部の右半分が仕切られ小部屋となったスペースには、最初期のドローイングと、船井が「無意識の底の深層心理を探索」[2]しながら日記のように描き続けている習作《Medium》が置かれた。

ラスコーを始めとする後期旧石器時代に壁画が描かれた洞窟では、暗く狭い洞窟内に入るという体験そのものがトランス経験や幻覚を伴って心理的深層部に到達させ神秘的な領域にアクセスするために必要な行為であり、加えて壁画というイメージの制作は新たな(霊的)世界を生み出すものでもあったという[3]。これになぞらえると、平面と立体の交差、見る者から見られる者への変容、虚と実の融合などを体験しながら奥に進み、最奥部に制作の根底を支える最初期のドローイングと日々描き続けるドローイングにたどり着くという本展のインスタレーションは、船井の心の深層部へ到達する道のりであり、鑑賞者が作品を通して自らの内的/形式的変容を経て心の深淵を覗き込み作品の中にもう一つの世界=楽園を見出すことにもつらなる。

ドローイングにおいても船井は物質と非物質の行き来に自覚的だが、ドローイングから立体作品への移行は、絵画の中のイメージをより明快に非物質から物質へと引き寄せることと言える。一つの空間で平面と立体が交差している様は、平面から飛び出したイメージが立体として物質化しているようにも見える。であるならば、立体作品において作品の一部として誘われる人もまた、ドローイングから飛び出し物質化したイメージである。物質化したイメージとしての人はドローイングと立体作品を往還することで、主体としては二次元と三次元、現実空間と絵画空間といったあちらとこちらの往還を心的に体験しながら、客体としては往還する境界者としてイメージの中に存在する。

鑑賞者を自らのイメージの世界へ誘う中で船井は特に、子供の存在に注目する。現実と空想、意識と無意識、眠りと目覚めなど様々な心的現象を等価に扱う子供[4]は、大人よりももっと力強くあちらとこちらを行き来する。村瀬学はこの等価性を「聖人が、悪人も善人も健康も病人も等しく招きよせて同じように対処したといわれる《心性》に似ている。」[5]とする。すなわち、船井の作品で子供は、あちらとこちらを行き来する境界者であると共に、船井が描く動物、植物、風景、人体の一部や内臓といった具象の形と有機的な線やインクの染みの連なりから偶然生まれる形が共存する森羅万象を等価に扱う者としても召喚されている。更に村瀬は、出直しや心機一転、目覚めといった反復可能な「はじまり」が人の心的現象の初期であり、この「はじまり」は様々な国や民族の神話や宗教が天地創造の話を持っていることとも関連するとした上で、等価の技で「はじまり」を知ることが新しい世界の創造へとつながるとする[6]。であるならば、船井の作品において子供は、作品に内包される形式的/心的なあちらとこちらを統べると共に、はじまりの世界としてある楽園へと導き、創造を促す先導者である。

人が「はじまり」を繰り返すように、船井は楽園を繰り返し描く。「はじまりが楽園へとつらなり、「はじまりが創造を促す。繰り返し描かれる船井の楽園は、我々に「はじまり」を自覚させ、新しい世界に向かうよう勇気づける。

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[1]船井美佐へのインタビューより。『AC2』19号、国際芸術センター青森、2018年。
[2]展覧会場での配布資料の船井による解説より。
[3] デヴィッド・ルイス=ウィリアムズ『洞窟のなかの心』港千尋訳、講談社、2012年、370–371頁。
[4] 村瀬学『初期心的現象の世界-理解のおくれの本質を考える』大和書房、1981年、73頁。
[5] 同上、73頁。
[6] 同上、70–76頁。更に村瀬は「心的現象にとっての幼児性とは、決して過ぎた発達段階のものではなく、今もなお私たちの大人の心的現象そのものの中に生きづいているひとつの生ける構造としてある」(同72頁)とする。

_MG_0982

_MG_1209[2]

《Hole/桃源郷/境界/絵画/眼底》
2010年

_MG_1152[2]

《Cave / Explosion》
2014年

_MG_0498

《Medium》
2011-2017年

(以上全て)撮影:木奥恵三