trans×form ─かたちをこえる

2013年7月27日(土)~9月16日(月・祝) 10:00-18:00 / 無料

マニシャ・パレク

Manisha PAREKH

《影の庭》、2013
サイズ可変(100点組)
シナベニヤ、丸棒木材、インドシルク
撮影:小山田邦哉

日常と創造のための変奏

近藤由紀

青森で「蕗」は「ばっけ」と呼ばれ、春から夏にかけて至る所で群生している。郊外にあるACACでは、アーティストたちが滞在制作を始めた6月には、青々と巨大化した葉を広げ、緑豊かに地面を覆っていた。

マニシャ・パレクの滞在制作作品には、ACACの環境や青森で出会った事物からの直接的な反応が反映されていた。《Shadow Garden(影の庭)》は、群生する蕗がモチーフとなっている。蕗の葉の輪郭を捉えたドローイングを直接板に描き、それを2枚ずつ切り取ることで、描かれた形とその鏡像を得る。そうして切り取られた100枚の板には、「虫食いの穴」として小さな穴がドリルによって線状に穿たれている。もう一つの5枚組の作品《Gratitude(謝意)》では、環境の印象を示す雨、霧、木、日、山の5つの漢字がモチーフとして用いられている。支持体は藍によって染められており、それは近代以前に青森でよく着用されていた藍染めによる古い着物(こぎん刺しの作業着など)が視覚的な参照となっている。こうした反応は一方で、滞在制作だけがその理由ではない。パレクはしばしば自らが置かれた環境の外的な要因やそこでの印象や記憶、あるいはその場所に関わる素材を意識的に取り込み、それらをミニマルな形によって抽象化することで作品を制作している。

日本で紹介されるインドのコンテンポラリーアートは、自国の政治的・社会的状況を背景にしたり、物語性と具象性の伝統を反映したりした作品が多い。実際そうしたインド以外の国によってコード化された「インド的要素」を取り込むことは、国際的なアートシーンにおける戦略でもあるのだろう。そうした状況の中、マニシャ・パレクは、私的な記憶や無意識を背景に還元的で抽象的な傾向をもつ作品を制作している。それはインド絵画における具象的・物語的絵画の大きな流れの中で幾何学的な抽象表現を追求し続けたナスリ―ン・モハマディ(1937-1990)にも連なる。

パレクの抽象は、記憶、体験、経験といった彼女の身近な事柄の抽象化であり、そこには作家独自の類似のシステムが機能している。さらにこれら私的なイコノグラフィは有機的に発展するシリーズ作品あるいはマルチプル作品として示されている。例えば今回一緒に展示された《Nesting(巣作り)》(2011年)は、50枚組のドローイング作品である。手漉き和紙に描かれた、墨と金の染料によるドローイングは、バイオモルフィックでもあり、図形的でもある。これはパレクが自分のスタジオを建設している時期に描かれた作品であるという。小さな細胞を思わせるそれらの図像は時折間取り図のようにも見え、タイトル通り自らの小宇宙であり、快適な居場所である作家のスタジオ建設という「巣作り」の過程を反映しているということをうかがわせ、一種のヴィジュアル・ダイアリーの様相を呈している。参照となった対象を探ることはさほど重要ではないが、パレクの制作の態度として、周囲の環境に敏感に感応し、それを内側に取り込んで形を生みだしていくというその制作の過程をみることができる。

《Nesting》はドローイングの連作からなる作品だが、同様の手法のシリーズ展開や同じような形のモチーフを積み重ねて作品を構成するということもパレク作品の特徴の一つである。こうした複数化や反復は、パレクの外的かつ具体的な視覚的参照が、内的な記憶や無意識によって変化していく過程そのものであり、それらを抽象的で還元的な形に出力するための語法として用いられている[i]

バイオモルフィックな形態が豊かに変化していくドローイング作品は、一つの主題に基づくヴァリエーションであり、その重なりが主題に対する作者の内奥を広げていくように、一つの形から次の形を導いていくように連続的に連なっていく。一方《Shadow Garden》や《Animal》(2009年)(fig.1)、《Seed》(2009年)(fig.2)のシリーズや、今回の《Shadow Garden》との連続性も見られる《Pomegranate Bloom 1, 2, 3, 4》(2009年)(fig.3)は、ある単純な最小単位の形が反復されることで全体が構成されている。

《Shadow Garden》のほぼ同じ形に切り取られた板には支柱が添えられ、100枚分の影を色濃く落とすことで、ほぼ反復的に累積された類似の形は倍数となっている。一方でこの反復は、機械的かつ単純な反復としてではなく、「ドローイング」の一手段とみなされ、部分と全体に意図的な差異が加えられている。蕗の形をした板におけるフリーハンドによって生じた僅かな差異、パレクが「ドリルドローイング」とよぶ虫食いを思わせる線状の穴の並びといくつかの大きめに穿たれた穴に埋め込まれた赤く染められた絹布の結び目の線は、反復的な行為におけるヴァリエーションであり、モチーフの展開の一形態でもある。

ドリルドローイングと呼ばれたこれら穴をあける行為は、きっちりとした手順で機械的に穿たれていくのではなく、ある種の即興性と創意性を備えており、表出の即時的な反映と素材からのフィードバックに対する即物的な反応によって行われている。素材と行為と出来上がった形から次の形が現れてくるという点においては、ドローイングの展開と同じなのかもしれない。一方でそのヴァリエーションはある還元された形の単純な反復行為からなり、いわゆるドローイングが有する豊かな変化や自立性をもたない。《Shadow Garden》は、床面からギャラリー角に向かって上に伸びていくように設置された。形と設置の仕方によって有機的な動植物の生育を思わせる一方で、僅かな差異は抑制された表現における個性の発現を思わせ、手の痕跡を感じさせる繰り返される型は、工芸における反復を思わせる。したがってその反復は作り手の身体的な律動や動植物の圧倒的な増殖というよりは、全体として静謐な印象を与える。パレクの作品にクラフトとの親和性を見出すのは、手仕事的な印象を与える作品の現れのみならず、こうした作りと行為によるところもあるのだろう。

インドはクラフトが盛んであり、パレク自身クラフトに深い敬意を払っている。日常と密接に関わっているクラフトは、一方で手法や素材、あるいはその発生の歴史において世界と接続しうる共通言語をもっている。それはパレクが日常的な事柄や個人的な記憶や印象、感情や思考を抽象言語によって普遍化し、作品を制作することと深い部分で繋がっているのかもしれない。

《Gratitude》では、そういった関心からインドと青森を繋ぐクラフト的な共通言語としての藍染(インドは最も古い藍染めの中心国の一つである)と近代以前の衣服に施される装飾性と機能性を兼ね備えた刺繍が取り上げられている。モチーフとなった漢字は内容としてはパレクが直接的に感応した自然現象を示す文字ではあるが、一方でそれらは図像的・視覚的な体験として扱われている。一見黒に近いほど濃い藍染めがなされ、反転された文字の上には、ライン上になったドリルドローイングが施されているため、文字は藍とドリルの穴に沈み、一見すると紙に書かれた文字というよりは、布のような不思議な質感を獲得し、古い着物のようにもみえる。クラフト的関心から制作された作品は決してクラフトと同じ手法では作られてはいないが、様々な過程を経て、思いがけず工芸との質感的類似を獲得したのは偶然に拠るばかりではないだろう。

パレクの作品は、横と奥に広がっていく印象がある。横は例えば獲得されたヴァリエーションの形、反復の形、複数化することで物理的に空間に広がっていく形である、それら自体にはしばしば深みがなく、日常の表層面あるいはクラフト的な手仕事の均一感をも感じさせる。それと同時に、穴、ドローイングにおける線、平面作品におけるマチエール、立体化した作品が落とす影などが非物理的な内奥へと導くようで、その両方が作品上でせめぎ合っている。虚実皮膜ではないが、それは日常と非日常、現実と夢想、意識と無意識、労働と創造などの間の薄皮をも指し示すかのようである。


[i] マニシャ・パレクへのインタビューより(2013年8月17日ACACにて)。

***
滞在制作作品
《影の庭》、2013
サイズ可変(100点組)
シナベニヤ、丸棒木材、インドシルク

《影の庭》のモチーフのフキの葉

《巣づくり》、2011
W150×H110mm(50点組)
インド製手すき和紙、墨汁、グァッシュ

《謝意》、2013
W750×H1050mm(5点組)
アルシェ紙、藍、墨

撮影はすべて小山田邦哉

tn_IMG_9905

fig.2《Seed(種)》、2009
183x122cm
板に手漉き紙

fig1ANIMAL09

fig.1《Animal(動物)》、2009
122×183cm
板に手漉き紙

fig2SEED09

fig.2《Seed(種)》、2009
183x122cm
板に手漉き紙

fig3PB-Installation09

fig.3《Pomegranate Bloom(ザクロの開花) 1, 2, 3, 4》、2009年
各91x91cm
板に手漉き紙と絹(4枚組)