trans×form ─かたちをこえる

2013年7月27日(土)~9月16日(月・祝) 10:00-18:00 / 無料

岩崎貴宏

IWASAKI Takahiro

《リフレクション・モデル》、2013-2014
サイズ可変
シナベニヤ、檜、ワイヤー
写真:小山田邦哉

彼方の浄土への扉をひらく

服部浩之

 広島に生まれ現在もこの地を拠点とする岩崎貴宏は、ケーキ屋を営んでいた自営業の父に潜在的に憧れを抱いており、自身の手で自立した生活を築くことへの意思が強く、アーティストとして生きていくことに非常に自覚的である[i]。そのような背景から大学ではデザインを学んだが、クライアントワークに不自由さを感じ、当時よく作っていた模型を何らかのかたちでそのまま作品化できないかと考え、2001年の大学院の修了制作に金閣寺をモチーフに選び、その建築が水面に反射する様子を精巧な木製模型で再現するリフレクション・モデル(fig.1)のシリーズを生み出した。その後平等院鳳凰堂をモデルとした作品(fig.2)も完成させ、今回の青森での滞在制作では、岩崎の故郷広島県の宮島の海上に浮かぶ厳島神社をモチーフとして3体目となるリフレクション・モデルの制作に打ち込んだ。

 これまで岩崎はリフレクション・モデルの制作過程を公開したことはなかったが、約2ヶ月で作品を公開しなければならない状況下ですべてを展示オープンまでに完成させることは不可能であったため、ある程度かたちになった部分から段階的に制作途上の作品を公開するに至った[ii]。展覧会オープン時には本社本殿と本社拝殿のふたつの建物のみを独立させてそれぞれ天井から吊り(fig.3)、約一ヶ月後の8月20日には本社祓殿()(はらえどの)を完成させ、本殿・拝殿・祓殿の三棟が接続された(fig.4)。そして展覧会終了四日前の9月12日日に祓殿前面に展開する高舞台、火焼前、楽房、門客神社が完成し、それらをつなぐ回廊とともに追加展示された(fig.5)。展覧会期中に公開できたのはここまでだったが、次期展覧会設営開始直前の9月24日には西回廊と東回廊が完成し、たった一日のみだったが追加展示され、制作ボランティアや学生に向けて公開された(fig.6)。ふたつの回廊が追加されたことでついに水平方向に延び広がる厳島神社の全容が現れた。

 公開できる状態になった建物から順に展示する方法は、完成形をすぐには公開できないことに対する苦肉の策として始まったものだが、結果的にはアーティスト・イン・レジデンスならではの興味深い展開となった。制作者以外は見ることができないつくられる過程や、作品の裏側が程よく垣間見えた。展示開始後約一ヶ月は主屋の二棟が独立して設置されたため、接続部分から内部の空白が露出しており、表面のみが精巧につくられ最大限の軽量化が計られている実態が露になり、空洞の内部が不気味な存在感を放っていた。第二段階では、主要三棟が接続され、神社としての骨格は明確になった。しかし実際に厳島神社を水平に広がる回廊抜きで俯瞰的に見ることはないので、全く別の建築のようにも見えた。そして東西の回廊が加わると、そのスケール感や空間の奥行きが 劇的に変化した。それまでは建築模型としてしか認識できなかったが、作品を設置した周囲一帯がひとつの空間として鑑賞者を取り込み、作品空間をシークエンスとして経験できるようになり、豊かな風景が出現した。

 リフレクション・モデルは、非常に緻密に作られているが、いわゆる建築模型とは全く異なった方法で作られるのが大きな特徴だ。建築模型は、その構造やスケールも含めトータルなデザインを検証するためにつくられるので、図面に準じて作られていく。しかし、岩崎のリフレクション・モデルは、詳細な図面を描く替わりに図鑑に掲載されている簡易な平面図や立面図と写真を収集し、その情報を総合することで目に見える建築の表面の部分を繋ぎ合わせて全体像を描出するものだ。「表面のみを忠実につくる」と本人が言うように、その内部はほぼ空洞で、目に入る表層部分のみを精密につくることに注力している。完璧な図面を入手し完璧な建築模型をつくるのではなく、入手できた情報をもとに分からない部分は想像しながらつくる。岩崎の作品において、想像しながら作る部分は非常に重要だ。見えない部分を周辺の状況から想像することで辻褄を合わせることによって、異なった合理性をもった別の建築が建ち上がる。通常建築は床下から天井まで柱は一本で通すなど、構造的合理性が重用視されるものだ。一方でリフレクション・モデルの細部を見ると、柱は床下と床上で切断されている。梁も柱と交わる部分で切断され、構造的役割は削がれている。日本建築を特徴づける屋根構造にしても表面の見えがかりは徹底的に再現されているが、それは構造のためというより、全てが装飾のような扱いで実現されている。岩崎は、水面上に建築を実現した我々の祖先の思考に想いを辿らせることでこの作品を実現した。つまり、先人が水面上に建築を実現した意図を、その美しい建物を実体だけでなく鏡像とともに眺めることで上下の方向性が消失し重力から解放された中空に浮く極楽浄土のような風景を思い描いていたのではと創造的に解釈し、建築の合理性や構造を独特に変形させることでその理想の風景を実現したのだ。古の人々が様々な苦難を乗り越え水面上に築造し、水面に浮かぶ建築を眺めることで極楽浄土の風景を脳内で再生しようと試みたその想像力に敬意を表するように、岩崎はリフレクション・モデルによって箱庭のような浄土の風景を獲得したのではなかろうか。

 次に岩崎のもうひとつ代表的な作品シリーズに言及したい。岩崎は2005年まで留学していたエジンバラで、物価が高く材料を満足に買うことができない環境で、どんな状況においても制作と発表が可能な作品のあり方を探求し、身の回りのものやゴミを材料に作品を制作するようになった。ゴミなどが持つ乱雑さに秩序を見出すようになり、洗濯物の山が実際の山の稜線のように見えたり、ジャンパーからほつれ出た糸が街灯のように見えたりするなど、日常に対する解像度が非常に精彩になったことで、見立てとスケールの変換による作品の形式を築いていった[iii]。そうして生まれたのが、タオルなどの糸を抜き出して非常に小さく繊細な構造体をつくるアウト・オブ・ディスオーダー(fi.7)のシリーズだ。この試行錯誤の先に岩崎の現在のスタイルは確立された。

 また、2006年から2007年にかけて母校の広島市立大学で助教を努め、アーティストで教員の柳幸典のもと学生とともに広島アートプロジェクト[iv]を立ち上げ、その一プログラムとして、かつてゴミ焼却施設だった場所を用いて「ゴミがアートになる!超高品質なホコリ」展(fig.8)という展覧会のキュレーションを手がけた。この展覧会は、岩崎のアーティストとしてのステイトメントが色濃く反映されたものだ。23組の作家が身の回りのチープなものやゴミなどを素材として制作した作品を、この建物の状況を尊重しながら設置することで建物そのものに新たな価値を与えるように融合させた展覧会で、注意して鑑賞しないと発見できない作品も多々あった。鑑賞者の想像力を刺激し眼の解像度を鍛える良展示であった。

 リフレクション・モデルとアウト・オブ・ディスオーダーに明確な共通点を見出すのは容易でないと思うが、どちらも誰もが知っている日常的な風景を少しだけ異なった素材や方法で変換することで、非常に美しく繊細なある種の極楽浄土のような異世界として提示するものだ。アウト・オブ・ディスオーダーは、鉄塔や電信柱など至る所で風景の脇役として存在するものを、糸やシャープペンシルの芯など誰もがか弱いと思う素材で再現することにより、そこに儚さがもつ美しさと緊張感を与える。また、人の知覚を小さなスケールの世界に引き込むことで、何でもない周辺の風景を日常からユートピアのそれへと変換させる。一方でリフレクション・モデルは建築が持たざるを得ない重力の存在を逆説的に捉え、水面に反射する像をも実像として生み出し、中空でしか成立し得ない構造体を提示することで、建築を重力から解放し、宇宙空間に浮かぶ浄土の風景をうむ。岩崎はその作品を通じて、すぐ先にあるかもしれないユートピアへの扉を開いているのだ。存在価値がないと思われるゴミや日用品からユートピアへと私たちの意識を大きく飛ばす彼の作品群は、誰もが目指すけれども行き着けない彼方が実は此方のすぐそばにあって、目の前にある無価値と思われているものを少し違うレベルから捉える力と、その背景を丁寧に眺め想像してみる観察の視点を備えるだけで、そこにある彼方への扉は常に開かれていると気付かせてくれるのである。


[i] 岩崎貴宏へのインタビューより(2013年11月30日ACACにて。AC2 no.15掲載)
[ii] 本プログラムのレジデンス期間は6月1日から9月19日で、展覧会は7月27日オープン。期間中に作品は完成せず、結果的に岩崎の滞在制作はプログラム終了後も続き、2014年1月に完成した。
[iii] 岩崎貴宏へのインタビューより(2013年11月30日ACACにて。AC2 no.15掲載)

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滞在制作作品
展示風景

《アウト・オブ・ディスオーダー》、2013
サイズ可変、 リネン

《リフレクション・モデル》、2013-2014
サイズ可変 シナベニヤ、檜、ワイヤー
撮影:小山田邦哉

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岩崎貴宏
撮影:小山田邦哉

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fig.1《リフレクション・モデル》、2001
w90×d60×h115cm
檜、ワイヤー
森美術館蔵
Courtesy of the artist and ARATANIURANO

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fig.2《リフレクション・モデル(極楽浄土)》、2010-2012
150x280x194 cm
檜、ワイヤー
ギャラリー オブ モダンアート、ブリスベン、オーストラリア蔵
Courtesy of the artist and ARATANIURANO

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fig.3《リフレクション・モデル》、2013-2014
制作過程(7月27日-8月19日)
撮影:小山田邦哉

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fig.4《リフレクション・モデル》、2013-2014
制作過程(8月20日-9月11日)
撮影:小山田邦哉

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fig.5《リフレクション・モデル》、2013-2014
制作過程(9月12日-9月22日)
撮影:小山田邦哉

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fig.6《リフレクション・モデル》、2013-2014
制作過程(9月23日-9月24日)
撮影:小山田邦哉

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fig.7 広島アートプロジェクト2007
旧中工場アートプロジェクト
「ゴミがアートになる!超高品質なホコリ」展
旧中工場プラットフォーム、広島、2007
Courtesy of the artist

IF

fig.8《アウト・オブ・ディスオーダー(布団)》、2010
サイズ可変
布団一式、髪の毛
Courtesy of the artist