「再考現学 / Re-Modernologio」pahse3:痕跡の風景

2012年2月18日(土)~3月25日(日) 10:00 - 18:00/無料

ジュー・チュンリン

JOO Choon Lin

《Supersensible Realm(超感覚域)》全景

ブリコラージュ志向のサイトスペシフィック・アニメーション

服部浩之

ジュー・チュンリンは眼前にひろがる環境そのものをキャンバスに見立て、そこに介入するようにダイレクトに絵を描きオブジェを配置し、コマ撮り撮影によりサイトスペシフィックなアニメーションを造形する。水彩絵の具等を用いて壁や窓にも躊躇することなくサクサク描き込み撮影し、またそれを消しては描きを繰り返す。彼女は目に入る広告や落書きなどチープでポップなものをモチーフに独自のキャラクターや現象をグラフィティ感覚でどんどん描いていく。また、素早い手つきで多様なオブジェをつくりだす。様々な素材の表面をスキャニングや写真撮影によりデータ化し、それをインクジェットプリンターで布にプリントしていく。そうやってプリントされた表面のテクスチャーを利用し、木々などの自然物からガラスや水道の蛇口などの人工物 までをデフォルメした独特のキッチュなイミテーションを作成していく。

このようなジューのDIY的でストリートに近い感覚は、その出自を辿るとよく見えてくる。彼女が生まれ育ったシンガポールは、人工的につくりだされた要素に溢れる場所だ。土地は隣国のマレーシアなどから土を輸入し海を埋め立て拡張することで獲得し、豊かな緑も多くは人の手で植樹されている。また建築物は短いスパンでスクラップアンドビルドを繰り返され、歴史の積み重ねというよりは、常に新たに刷新され続ける場所なのだ。そういう土地で育った彼女は、その人工的で消費感覚の強い環境に浸っている一方で、それに小さな恐れを抱いているという。

彼女は幼い頃からとにかくよく絵を描いていたそうで、いつでもどこでも素早く描いてしまう手の感覚が現在のサイトスペシフィック・アニメーションといえる手法に直結していると思う。また、身の回りにあるもので生活に必要なものをとにかくその手でつくりだしていくDIY感覚に優れた父を見ていた影響もあって、単純に商品を購入して過ごすという受け身の消費生活よりも、必要なものは自分の手でつくり出す感覚が彼女には自然と身に付いたという。その感覚と独特な手の痕跡が彼女の生み出すオブジェやドローイングにはある。場所の特徴を瞬時に察知し、身の回りに転がっているものをデフォルメするように、強いブリコラージュ感覚の手技を活かした造形を既存の環境に挿入してしまうのが彼女の大きな魅力の一面にある。

大学時代には版画を専攻しており、銅板を用いたエッチングをつくる際に、 プリントが終わるとオリジナルの銅板をハンマーで叩いて造形し立体物に変容させたりしていたそうだ。副産物を異なったかたちに転用させていく手法は、アニ メーションに非常にしっくりきたという。また、一眼レフデジタルカメラを購入し、自身の制作していた版画や立体物を制作プロセスも含めて非常にこまめに記 録撮影していたら、それら作品が出来ていく変化する過程自体の面白さに気付き、作品が徐々に変容していくアニメーションを作成するに至ったという。

オーストラリアとシンガポールで作成した≪あそびにいこうよ!≫は、アーティスト・イン・レジデンスなど通常と異なる環境で制作する際に限られた資源でどんな場所でも実現できる方法を考えた結果、与えられた場所を無限のキャンバスのように捉え直接絵を描いては記録し消すという作業を繰り返す、所与の場所をフル活用して発展させるサイトスペシフィック・アニメーションの手法を編み出し実現した最初の作品だ。

ジューは木炭やパステルなどの手軽に入手できる一般的な画材と日用品などで、その街で目につく広告や落書きなどから借用したものをモチーフに彼女独自のドローイングやオブジェを組み合わせ、周囲の風景を借景のように取り入れ、そこに街で見つけたグラフェィティや広告のキャラクターなどのポップなイメージを流用し、独自のストーリーをつくりあげ、空間に直接描いていく。壁面だけでなくコンセントや植木に排水溝やシンクなどの生活空間のありふれたものたちを巧みに取り込み、窓の奥に見えるマンションの輪郭を取り出し板チョコに見立て、怪獣のキャラクターがそれを食べてしまうといった具合にフィクションを挿入することで実際の風景を取り込んでいく。

目に留まるコミカルでチープなキャラクターの採用と、日常的なありふれ た環境への介入、そしてエッチングやシルクスクリーンなどの版画技法を転用して独特の手技で軽快に仕上げられたオブジェや水面に描く生成変化するドローイングなどが絡みあい、現実空間にコミカルな物語を挿入するサイトスペシフィック・アニメーションがテンポよく展開していくのだ。

青森では、世界を白く覆う厚い雪や眼の前に見える大きな海の存在から「水の循環」について考え、同時に真っ白な風景の中で目を惹く青色のブルーシートを発 見した。人工的に整備されたライフラインと、降雪のような自然現象の両極から、「水」というものが、様々な場を接続させる、通常の彼女の作品においては描かれるポップなキャラクターが担う、「空間を媒介する」主要モチーフとして採用された。また、雪国では看板、除雪機、車、植栽と多くのものがブルーシートに覆われており、それが彼女には新鮮だったようだ。映像制作において青色はブルーバックという画像合成用の背景として用いられる。その映像の基本技術を応用しブルーシートをアニメーションを展開するスクリーンに選定し、そこを「水」が流れることで多様な場所や時間を接続させ循環させることを試みた。

制作スタジオ兼展示空間となったのは、水のテラスに面した大きなガラス面を持つギャラリーB だ。窓ガラスがバリバリに割れて水が流れこむというイメージをもっていたため、ガラス窓にひび割れを漫画的な大胆な線を用いて水彩絵の具で描き込み、塩化 ビニルの透明シートを貼り合わせこちらも漫画的にデフォルメした立体的なガラスの破片をあらわすオブジェをサクサクとつくって窓ガラスが割れる様を撮影し た。窓は最終的に派手にガラスが割れた様子が描かれたまま残され、その下にはガラス破片のオブジェが散乱している。室内には3つのサイズが異なるスクリーンが設置されている。ひとつは、入口正面の壁とその側壁にまたがるコーナーの天井付近の高い位置に設置されており、ジューが発見したブルーシートのある風景が映し出されている。彼女にとって真っ白な雪の世界で様々なものがブルーシートに覆われ保護されている状況は、これまでの生活では経験がなかったもので、白い静かな風景に小さな青い面が突如出現する様子を面白く思い、ブルーシートのある風景を多数つなげていき、各シートにゆらめく海の様子を挿入していった。

また、向かいの壁に立てかけた白い大きめのパネルにも映像を投影しており、 そこには映像を縁取る額縁のような絵を直接木炭で描いていく。これも独特なタッチでマンガ風に平面的に描いてしまうのが彼女らしい。画面には、レジデンスの彼女の部屋のドアが映し出され、その中央に掛けられた青森の風景をプリントした布が、徐々に黒い水に覆われていき、最後は漂白されて真っ白になってフェードアウトした後に、水が半分くらいまで満たされた1本のペットボトルが登場する。そのペットボトルの水には展示室の窓の様子が映し出され、窓が割れ るとその隙間から水面が見えてくるという入れ子構造になっている。そしてその窓がバリバリに砕け室内に水が充満すると、ペットボトルは黒い水で満たされていき、雪の屋外風景に接続される。最後は雪景色に黒い雨が降りそそぐ。ここでは、≪あそびにいこうよ!≫の怪獣のキャラクターが異空間をつなぐように、 「水」がまさに媒体(メディウム)として全く異なる状況を接続させていく。

最後に窓のそばに床置きで設置されたスクリーンには、雪の風景にジューが塩ビシートで自作した「雫」と「恐」という文字が降りそそぎ、次に雪原に水面が出現しその表面に 「恐」の文字がゆらぐ。これは版画の技法を応用したもので、水面に自家製ステンシルの型から木炭を落とし、その変化をストップモーションで捉えたものだ。

スクリーン以外には4台の14インチのブラウン管モニタが、館内他所から持ちこんだ丸太群の上に設置されており、そのまわりにはジューによる布プリントのお手製丸太も散りばめられている。モニタからはジューの手によるイミテーションの丸太が生き物のように動く映像、その丸太のテクスチャーをプリンタから出力する映像などが淡々と上映されている。

これまで約3ヶ月間ジューの創作活動を見てきて、彼女の強みはその状況判断の潔さと、どんな条件の場所でも普遍的に通用する彼女独自のDIY精神と手技による介入法を獲得していることだと感じた。つまり、どこででも手に入る基本的な画材と、その街で発見できる素材を用い、その場所がもつ環境を無意識的な借景などで巧みに活用し、どんな場所をも彼女の造形するモチーフが自由に往来することで接続させてしまい、その空間ならではの物語を構築することだ。そのコミカルでユーモアのあるブリコラージュ感満載のサイトスペシフィックなアニメーションの造形は、脱力感のあるさわやかな笑いを引き出す。

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《Supersensible Realm(超感覚域)》

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《Supersensible Realm(超感覚域)》

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《Supersensible Realm(超感覚域)》

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《Supersensible Realm(超感覚域)》

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《Supersensible Realm(超感覚域)》外からの風景