「再考現学 / Re-Modernologio」pahse3:痕跡の風景

2012年2月18日(土)~3月25日(日) 10:00 - 18:00/無料

下道基行

SHITAMICHI Motoyuki

《crossover》全景

A面とB面、そしてそれらを結ぶ余白の物語

服部浩之

下道基行は旅するアーティストだ。文字通り各地に滞在し生活するなかで作品を制作する「旅人型」という意味もあるが、それ以上に「旅」に喩えることで、その創作活動は非常に捉え易くなる。旅は、ある明確な目的地を設定しそこに到達することを最終目標とするタイプのものと、 具体的な目的地は定めず移動すること自体や移動の過程での街・人・ものとの出会いなどを求めるものの、大きく2通りに区分できるだろう。下道は作品の質に応じてこの「旅」の両極を探求し作品として提示する。ここで、レコードやCDのA面曲/B面曲という構成を範として、前者のような明確な目的地(対象)を 目指す活動/作品を「A面」、後者のように具体的な目的は明瞭でなかったり、何らかの目標へ向かう過程で発生する副産物的なものに着目するプロセス自体に重点を置く活動/作品を「B面」と定義すると、下道はときにA面を目指す過程でB面的な作品を生んだりと、A面/B面を往来することによりバランスを保ち、自身の両極を横断する活動を補完しているように思われる。

また「旅」での蒐集物が彼の作品を形成する主要素となる。その探求蒐集は多岐に渡り、全国各地に点在する戦争遺構を撮影した≪戦争のかたち≫、現在の日本の国境の外側に存在する鳥居を捉 えた≪torii≫、祖父が描いた絵画の行方を追いその絵と設置された空間を写す≪日曜画家/Sunday painter≫、無名の創造者が日々つくり続ける創作物を蒐集する≪Sunday creators≫、どこにでもある境界をつなげる一枚の板など最小限の構造物を「橋」と定義し各地でスナップした≪bridge≫など、 一見散漫な興味のもとバラバラなものを追っているように思われる。しかし下道が鋭い観察眼と好奇心をもって発見し愛でるように蒐集するものには、下記三項目の共通点がある。

1)極めて個人的でささやかな発見により価値を与えられるもの
2)人の行為によりかたちや機能を与えられたもの
3)その成立の背景に何らかの物語や記憶を備えているもの

以上の前提のもと論考を進める。下道が注目されるきっかけとなった2005年に出版された彼の著書『戦争のかたち』は、日本全国に多数現存するトーチカや砲台跡、掩体壕など軍事目的で建造された戦争遺構の現在の様子を捉えたものだ。ある掩体壕は住居として人が暮らしていたり、ある砲台の台座は花壇になっていたりと、かつて与えられた軍事機能を完全に剥奪され鮮やかに転用された新しい風景として存続し定着している状況を捉えることで、戦争 が起こっていたほんの少し昔と現在は地続きでつながっているということを可視化したり、あるいは必要から生じる人間の創意工夫のちからや生活力を明示するなど、その風景を提示することで背後に存在する様々な歴史や物語を私達に想像させる。

また、現在規定されている日本の国境線の外側にかつて日本人の生活が存在した痕跡を示すように現存する鳥居を写真で蒐集したのが≪torii≫というシリーズだ。これらは必ずしも日本の征服の歴史を示すものではなく、移民として日本人街が形成されるなど、様々な理由で日本人が暮らした場所やその生活の存在を証すものだ。ある鳥居は周囲をキリスト教の墓標に囲まれ表面を純白に覆われた状態で残っていたり、別のものは鳥居本体がその場に倒されベンチのように利用されていたりと、現在そこで生活する人の手により全く新しい機能や価値を与えられ、新たな風景を形成している。

≪戦争のかたち≫や≪torii≫で蒐集される「戦争遺構」や「鳥居」は、ともに永い年月をかけてひとつの場所に鎮座していることもあり、どんな変換が施されようがその存在感は非常に強力だ。そしてこれらは特定の場所に位置するその強烈な存在を求め捉えるという極めて「A面」的な作品だ。どちらもその対象は決して著名なモニュメントではないが、存在の強さはあり、それを目的として探求することでモニュメント化をする正統的な写真の作法により作品化されている。

一方で「B面」の代表的な作品は≪RIDER HOUSE≫だろう。これは≪戦争のかたち≫の制作のために北海道を旅した下道がバイカーのための宿「ライダーハウス」に宿泊したことで、 その面白さを発見し蒐集したものだ。宿ごとに形成される独自ルールや空間があったり、そこに滞在する多様なバックグラウンドをもつ人々に出会ったりと、その状況自体が下道には興味深く感じられ、戦争遺構の撮影の裏側で、ライダーハウスで出会う人やその生活をスナップ的に撮り溜めていたそうだ。≪戦争のかたち≫のための旅の裏側を捉えた≪RIDER HOUSE≫の写真群は、その当時の下道の日々やライダーたちの生態が想起されるものがあり、その裏側的魅力に惹き付けられるまさにB面的作品となっている。

ACACでは、青森での滞在制作による新作≪crossover≫と昨年制作した ≪bridge≫を再構成し両者を接続することで、ここ最近の「B面」的な活動に焦点を当てる展示となった。これらに共通するのは、人の何らかの行為により意味やかたちを与えられたものということだ。≪crossover≫は、元々道路などなかったところを人や動物が往来することにより、そこだけ植物が途絶え土が顔を出して通路らしきものが生まれるなどの行為の痕跡によってかたちになる道を発見し撮影していたことに由来する。その延長線上で、雪の青森を散策するなかで、スーパーと道路の境界に設置された敷地を仕切るちょっとしたバーなど、あちらとこちらを隔てる小さな境界線を人が跨いで超えることにより足跡が残り姿をあらわす道を捉え蒐集したものだ。雪に半分埋もれたバーを人が超え横切ると、そのバーの両側に足跡が残る。足跡が残ると他の人もそこを横切るようになり、やがてその道らしきものはより鮮明な道になる。人の行為の痕跡が刻まれることで、そこに意味や機能が与えられていくのだ。

下道は、バーが中央にくるようにその真上にカメラを構え、痕跡による道を捉え蒐集した。これらの道は、所在が明確なものを探し求めていくというよりは、生 活する過程で発見されたものだろう。実際それは降雪の具合や除雪によってある日は存在していたが別の日には消滅しているという、あちこちに存在の可能性はあるが、それを求めて捉えるというのはなかなか困難な、絶えず変化する存在だ。この日々の生活において偶然出会う道を切り取り拾い集める行為も、極めてB面的ではなかろうか。

また、下道は発見し蒐集したものを公開する作品化の方法にもとても細やかに神経を遣う。 写真は額装やマウントにより壁に掛けて見せるのが常套手段だが、彼はその写真が捉えるものの質により提示法を決定する。移動の過程で発見した「道」をデジタルカメラで撮影するというスナップ感覚の強い≪crossover≫は、計11点を123.5x83cmの大きさでモノクロプリントしギャラリーAの回廊状の床にスプレー糊で直貼りするスタイルをとった。そして壁面にはスライドプロジェクターで、人がバーを超える瞬間を正面から捉えた35mmのポジフィルムによるスライドを小さく投影した。

その奥の展示室には≪bridge≫が設置されている。これは2011年3月~8月にかけて下道がバイクで日本全国を巡るなかで、どこにでも目に入るあちらとこちらをつなぐ最小限の構造物を「橋」と定義し蒐集 したものだ。例えば、水路を挟んだ田畑のあぜ道に渡された一本の丸太や、車庫と道路の段差を解消すべく道路にちょこんと据えられたレンガやコンクリートブ ロック、あるいは岸壁と船をつなぐ渡し板など、その役割は千差万別だが小さな隔たりをつなげる最小限の構造物を彼は「橋」と呼び、必要が生む日常生活にお けるささやかな創造性により変容される風景に面白みを発見した。計280点の「橋」はA4サイズの紙に撮影日とともにプリントされ、展示室壁面の四周を一 列に横切り、さらに展示室からはみ出して通路やトイレも横断しひたすらひとつのライン上にスプレー糊で貼られている。展示室中央に設置されたテーブルには、彼が発見した道をプロットした青森市の地図と、約半年かけて「橋」を撮影しながらバイクで巡った旅路をマジックでなぞった日本地図が設置されており、 ≪crossover≫と≪bridge≫を同列に並べる思考が明快に見てとれる。下道は写真を主なメディウムとするが、それだけでなく地図など旅のプロセスを想起させるアイテムをオブジェとして陳列することで、私達鑑賞者がその「道」や「橋」の写真一枚一枚の背後にあるストーリーを想像できるように立体的に提示しようと試みる。こういうプロセスに価値を置く空間の構成法や、デジタルカメラだからこその物量や即興性を敢えて選択することも極めてB面的な態度と言えよう。フォトジェニックな「道」や「橋」を数点選んで大きく引き延ばして額装し整然と壁に並べるのではなく、床に直接貼る事や、壁に延々と貼り続けるという、一見「ゆるい」とか「強引」と思われるような手法をとり、写真以外の通常は余剰として切り捨てられてしまうものを敢えて併置することで、その余剰も含めてその発見の背後にある記憶を探求することを奨励する。

B面的世界の面白さは、下道の名前にあやかるなら、高速道路を一直線で目的地に向かうのではなく、変化する風景を感じながら寄り道を重ね下道をのんびりと移動する過程で、思いもよらぬ様々な発見をすることにあるだろう。確かに明確な目標を据えそれに向かって一心不乱に突き進むことも重要だが、時には少しその道を外れ遠回りをするゆとりを持ち、意図しなかったものを吸収していくことも不可欠ではないか。下道はこのA面/B面の両面をしなやかに接続することでバランスをとり、その表現の強度をゆるやかだけれども着実に醸成している。

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《bridge》展示風景

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《bridge》展示風景

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《crossover》展示風景

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《crossover》展示風景