野老朝雄×青森市所蔵作品展「個と群」

本プログラムはアーティストの監修で青森市が所蔵する民俗資料を紹介し、地域の資源や歴史を多角的な視点で掘り起こす展覧会シリーズです。第4弾となる今回は、アーティスト野老朝雄(ところ・あさお)をゲストディレクターに招き、「紋様」(※1)に着目し展覧会を開催します。

野老朝雄は建築を学んだ後、現在は数学的法則に基づき、建築、彫刻、ファッションなどの領域で活動するアーティストです。タイトルにある「群」とは、ある定義と法則に基づいた集合を表す数学用語でもありますが、実は私達の暮らしの中にも潜んでいる法則です。例えばこぎん(※2)では1、3、5の奇数で布の織り目を刺し、刺し目の集合体が一つの紋様となるように、ある法則にのっとって個を群にすることで紋様となることがあります。

本展では、アイヌの道具に見られるような呪術や祈りの象徴としての紋様、こぎんに見られるような実用と装飾として施されてきた紋様、錦石に見られるような自然が生み出した模様など、さまざまな紋様を持つ所蔵品に加え、野老が制作した紋様やコラボレーションで制作した作品も紹介します。青森の風土が生んだ紋様と野老が生んだ紋様、そして野老によって所蔵品が「群」をなす様子をお楽しみください。

※1ここでは模様や柄を全て紋様と表記します。

※2津軽地方で防寒や補強のために麻布に木綿糸で刺繍を施した労働着や刺繍そのもののこと。

協力:青森市教育委員会文化財課、縄文の学び舎・小牧野館、(株)イシマル、(株)三保谷硝子、フォトビジョンジャパン(株)、(有)勝俣銘木工業、(株)アゾットセブンアップス、AIRS、青森公立大学芸術サークル、ACAC学生サポーター

ゲストアーティスト:竹越恵二郎

ゲストコラボレーター:Noiz Architects、(株)小林・槇デザインワークショップ|KMDW、東北芸術工科大学西澤高男研究室、土岐謙次(宮城大学/漆作家)、今井健(東京大学大学院/United Bows)、今北仁(AAO)、松川昌平(慶應義塾大学SFC)、門倉太久斗、平本知樹、寺倉ゆかり(FRAMEFLAME)

助成:公益財団法人青森学術文化振興財団

 >>プレスリリースはこちら

 

 

1000 Patterns Aomori 随時参加者募集中

フェイスブック上で、青森のパターンを写真で集めていきます。

どなたでも自由に参加してください。

>>フェイスブックページはこちら

展示風景

_MG_6942 (800x533)

_MG_6865 (800x533)

 

左:《BUILDVOID BIG》、右《林檎箱堂》野老朝雄×東北芸術工科大学西澤高男研究室

 

_MG_6825 (800x533)

_MG_6779 (800x533)

 

上:鯛車、青森市所蔵、下:《GLASS PEDESTAL Study》

_MG_6809 (800x533)

 

手前:《48 GLASS FLOAT》

_MG_7135 (800x533)

 

《WHITE MAGNET 100》

_MG_6470 (800x800)

 

《49 DRAWINGS》

_MG_6125s

 

《108こけし》(こけし、青森市所蔵作品)

_MG_7201s

_MG_6445s

_MG_7049s

 

《Kumapongome》野老朝雄×松川昌平

_MG_7024s

《Gala Clockworks (Aomori)》United Bows(野老朝雄×今井健)

関連イベント「#1000 LIGHTs」 2015年9月11、12日

_MG_9204 (800x533)

_MG_9383 (800x691)

_MG_9378s

_MG_9385s

 

WO5A9279s

_MG_9395s

_MG_9265s

_MG_9349s

_MG_9417s

_MG_9251s

撮影:小山田邦哉

 

【解説】

個と群の動的平衡

金子由紀子

 もしあなたが晴れた日の夕方に国際芸術センター青森[ACAC]を訪れたなら、ACACの展示棟が西日に照らされた木々の影をまとっているのを目にするだろう。それらの影が描く模様からは、木々の種としての固有性や1本1本の個性を読み取るのは困難だ。透明な光の粒子に塗りつぶされたそれは、ただただ何かの「かたち」だ。設計前、安藤忠雄がこの光景を想像したのか筆者は知る由も無いが、自然が創り出す見事な壁面の模様を見ると、この建築が、森の中で異物でありながらも共存できる特異な存在であることを実感する。

ACACから車で20分も行くと縄文遺跡の小牧野や三内丸山があり、近隣の野木地区からは平安時代の大集落跡が見つかっている[1]。更に青森は、北海道やサハリンを含む広範囲に及んで居住していたアイヌの文化圏でもある。近世の時代より、中心から遠く離れた陸の奥とされてきたここ青森は、その実、縄文の時代から現在に至るまで人間が暮らし独自の文化を醸成してきた土地である。

ACACでは、2013年から毎年冬期にアーティストを監修に招いた青森市所蔵作品展を開催してきた。1回目の呉夏枝、2回目の中崎透、3回目の藤井光に続き、野老朝雄が監修する本プログラムはそのシリーズの4回目となる。

展覧会が2月から3月にかけて開催されることから、アーティストは前年の春から約半年から1年をかけてリサーチを行う。収蔵庫に通いつめ所蔵品を丹念に観察し読み解いた呉、ワークショップ参加者と共に青森の人々への聞き取りを行った中崎、大量の文献を読み込むことで青森と日本の近代化の歴史に言及した藤井と、リサーチの手法にもアーティストの制作態度が見て取れるが、野老が行ったのは青森市内を中心にとにかく様々な場所を訪れてランドスケープや建築を観察し撮影するということだった。そしてその記録でもある作品が、本展会場の受付前に据えられた《1000 PATTERNS AOMORI》である。

同作は青森の風景から土産物屋で売られている商品まで、野老が道中で出会った様々な事物を正方形のフォーマットで撮影し、ほぼ時系列に並べたスライドショーである。チャールズ&レイ・イームズが映画《Powers of Ten》で正方形のフレームの中で銀河系のかなたから素粒子の世界へと視点をどんどん移動させていったことにも似て、野老の視点も近くへ、遠くへと自在に移動する。《Powers of Ten》で画面に現れる現象を理解する科学的知識を持ち合わせなくとも、視点の移動という単純な仕掛けで新たに見えるかたちを楽しむことができるのと同様、《1000 PATTERNS AOMORI》では被写体が何かを知らずとも、かたちそのものの面白さを見出すことができる。むしろ、野老のフレームは事物の背後に横たわる物語をあえてはく奪し、かたちそのものへの注視へ導いている。

ギャラリーに入ると、入口から奥に向かって木馬や農具、糸車などの道具が床面の目地に沿って1列に並べられている。これらは弧を描く形であるギャラリーの、内側の床に置かれた照明の強い光に照らされ、反対側の壁に影を作っている。更に奥へ進むと、弧の中心に当たる場所にリンゴ箱を組み立てた《林檎箱堂》がある。内部には獅子頭や馬の鈴、イクパスイ[2]やいかり、恵比寿大黒などがびっしりと置かれ、一方向から当てられた作業灯の光が陰影を生んでいる。広々としたギャラリーとは対照的に、人が二人も入ると身動きが取れなくなってしまうほどの狭い空間で大量の所蔵品と対峙すると、圧倒的なものの力への畏れを感じると同時に、空間の狭さと黄味がかった光に安心感も覚え、古い寺社のお堂の中にいるような感覚に陥る。

ところで、青森市が所蔵する民俗資料は、市井の人々が日常生活で使っていた衣類や道具であるが、本プログラムシリーズを監修してきたアーティストやACACの学芸員に深い民俗学的知識を持ち合わせる者はいない。しかし、知識は無くともかたちそのものを愛でることはできる。野老が本プログラムで仕掛けたのは、民俗学的知識を持たないことを逆手に取り、ものが持つ意味や物語を徹底的に漂白し、かたちそのものを見せることであった。1列に並んだ道具が作り出す影からは背景の文脈を窺うのは難しい。この影は、かたちそのものを精製し、純化したものなのだ。柳宗悦の、模様とは無駄を取り去り単純化し無地の心を示したもの[3]とした言葉を借りると、野老が本展で行ったのは純化したかたちにより紋様[4]を作り出すことだったと言える。

《林檎箱堂》の奥には、117mm角の立方体の台座に載った大黒が5列×5列で25体置かれている。ほぼ全ての台座と、所蔵品を保護するガードは117mmもしくは105mm角の立方体、作品番号を示すのは30mm角の立方体を用いて、立方体という一つのモジュールを規定し、それらを積み重ねたり並べたりすることを展示構成の法則とした。そしてこれは、《1000 PATTERNS AOMORI》の撮影フォーマットでもあり、ジョイントマットを組み立てた《BUILDVOID BIG》、厚紙をマスキングテープで貼りつないだ《BUILDVOID Study》、ガラス板を並べた《GLASS PEDESTAL Study》、過去作を200mm角で額装した《49 DRAWINGS》で共通する正方形というモジュールの反復でもある。より注意深く会場全体を見渡してみると、所蔵品の糸車や馬の鈴、鰐口やガラス製浮き玉、それにこけしの頭部などと、野老の《kumapong》シリーズを展開させた作品群や《Gala Clockworks (Aomori)》と併せて、円の反復が行われている。更に、25体の大黒や、3列×8列で壁面に掛けられた面、《林檎箱堂》に大量に展示されたイクパスイや獅子頭は、大黒や面などの所蔵品の個体を一つのモジュールと捉え、それを反復させたものとも言える。

反復はモジュールの増殖/減少とそれに伴うサイズと形状の可変性につながる。本展に出品された野老作品の多くがサイズ可変であり、紋様が次々と動く映像を用いた作品であったことは偶然ではない。モジュールの反復による紋様の増殖やサイズの可変性は野老作品の最大の特徴である。モジュールがある法則に則って反復される時、個が群となり、紋様となる。そして、その反復は水平方向に限らず垂直方向にも展開することが出来、それが野老の立体作品として結実するのだ。更に、これまで野老は正方形や正三角形、円などの単純な幾何学図形そのものをモジュールとして反復させてきたが、本展においては前述のように幾何学以外の様々な媒体をモジュールとして捉え、群とすることで紋様を作ることを試みた。

2015年9月に開催した本展のプレイベント「#1000 LIGHTs」では、円形のキャンドルをプラスチック製の使い捨てコップに入れ、それを群にし紋様を描き出したが、これは円という図形をキャンドルとコップという媒体に当てはめモジュールとしたものである。野老が建築、プロダクト、ファッションなど様々な領域にその紋様を提供していることは、領域横断的というよりも、そもそも作品が媒体を選ばないことを意味する。更に言うならば、野老の作品は媒体を持たない揺蕩うイメージなのだ。イメージを実体化するための媒体よりも、何をモジュールとするかの規定とそれを群とする時の規定、それらの規定そのものが野老の表現の根幹にある。

光と影が瞬間ごとにその表情を変えるように、野老の紋様も次の瞬間には形状とサイズを変える。野老の紋様はひと時プロダクトや建築に定着され平衡を保つが、やがて時と共に媒体は消滅する。媒体を失った野老紋様は次の媒体を探すだろう。古くから人々に使われてきた作者不詳の模様たちが、衣類、道具、建築など様々な媒体に何度も現れ、その都度細部を変化させられながらも固有性を獲得してきたように、野老紋様も様々な媒体に次々と現れては消えることを繰り返すことで、強度を増していくのではないか。100年、200年の時を経た野老紋様が、どのようなかたちでどのような媒体に現れるのかは未来の人間へ託される。



[1] 『図説青森・東津軽の歴史』瀧本壽史監修、株式会社郷土出版社、2007年、70頁

[2] アイヌの儀式に使われた木製のへら状の道具。

[3] 柳宗悦『仏教美学の提唱 柳宗悦コレクション』書肆心水、2012年、300頁。

[4] 野老は自身の作品を模様ではなく紋様と呼ぶ。これは野老の主観的な、対象に対する心理的距離感を示しており、例えば地面に石が散らばる様子も、最初は模様と呼んでいたものが、何度も目にすることに従い紋様と呼ぶように変化すると語っている。また、野老がもともとパターンより先に紋(ロゴ)の制作を行っており、紋が繋がったものを紋様としていることにも関連する。これに従い、本文中では野老の作品については紋様と表記する。

【アーティスト情報】

野老朝雄(ところ・あさお)

http://www.tokolo.com

幼少時より建築を学び、江頭慎に師事。2001年9月11日より「繋げる事」をテーマに紋様の制作を始め、美術、建築、デザインの境界領域で活動を続ける。単純な幾何学原理に基づいて定規やコンパスで再現可能な紋と紋様の制作や、同様の原理を応用した立体物の設計/制作も行なっている。
1969年 東京生まれ
1992年 東京造形大学卒業
1992-93 年 AAスクール在籍
1993-98年 江頭慎の制作助手、ワークショップアシスタント
2010-12 年 東京造形大学非常勤教員
2010年- 桑沢デザイン研究所非常勤教員
2003年-2016年 武蔵野美術大学非常勤講師(ファッション領域担当)
2016年-東京大学工学部建築学科非常勤講師
主な展覧会
2010年 「MOTアニュアル:装飾」 (東京都現代美術館/東京)
2014年 「マテリアライジング展Ⅱ」(東京藝術大学美術館陳列館/東京)
2015年 「単位展」(21_21 Design Site/東京)

日時
2016年2月6日(土)-3月13日(日)
会場
国際芸術センター青森 ギャラリーA
対象
無料、会期中無休
flyer151225